通信販売JAPAN history
第2章 昭和そして戦後の通信販売-2 【3月7日更新】
2010/03/07

●リーダーズダイジェストの栄光
リーダーズダイジェストは、終戦の年1945年に日本に進出してきました。「日本版リーダーズダイジェスト」はその名の通り、話題の書籍や雑誌記事などをダイジェストして掲載した月刊誌で、文化に飢えていた戦後の人たちの圧倒的な支持を受けました。
この「日本版リーダーズダイジェスト」は、発刊当初は100%書店で販売していましたが、徐々に定期購読者を募って直接販売するようになり、最終的には9割以上が直接読者の元に届けられました。

定期購読者への直接販売は、読者数がはっきりわかっているという大きなメリットがあります。発行部数が確定できるので、無駄な廃棄分がなくなります。また、しっかりとした根拠のある読者数は、広告クライアント獲得の強力な支援にもなりました。さらに、定期購読料を前金でもらえるため、経営が安定するという効果もありました。

リーダーズダイジェスト社では、定期購読者を獲得するために、毎年新年には斬新なフックやギミックといった仕掛を備えたダイレクトメールを400万部もばらまき、定期読者を募っていきました。これは、当時の郵政省や印刷所を巻き込んだ、一大イベントだったといいます。

そして、リーダーズダイジェストが行った雑誌への商品広告掲載や同じ顧客に何度も利用してもらうリピート販売の手法、そして景品や特典で購入を促す技術は、その後の日本の通信販売に大きな影響と功績を残しています。

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●効果的なダイレクトメールの制作手法
成功するダイレクトメールに必要なものは、リスト、オファー(特典)、クリエイティブです。成功の鍵は、ベネフィットを明確に提示し、心に響くオファーを付け、開けてみようと思うドアオープナーを入れ、簡単にゴミ箱に捨てられないように公的な雰囲気にして、パーソナルな呼びかけをすることと言われています。
・封筒の中にボールペンなどの小物を入れて開封率を高める(オープナー)
・外封筒(OE)に気を引くコピーを1~2行入れる
・お客様の名前を印字して私信のように感じさせる
・ベネフィットを強調して欲求を起こさせる
・特典シールやスクラッチなどのギミックを駆使してアクションを促す
・特典締切期日を設定するなどして上手に念押しをする
こういった手法の具体例は、詳しく「タイムマシーン」に掲載されていますので、ぜひお読みください。これらは、当時アメリカなどで続々と開発されていた、ダイレクトマーケティングの成功事例も取り入れながら作られていたのです。

ダイレクトマーケティングの神様とも言われるレスター・ワンダーマンは、顧客の好きな言葉は「無料」「新しい」であり、先に送りつけて「気に入ったら買ってください」というセンド・ノー・マネーというオファーが効果的であることを見つけました。また、購入意欲を促進させるテコの部分はオファー、支払い方法や期日、メディアの利用方法、製品やサービスの提供方法など、いろいろあると言っています。さらに、断絶の時代で知られるP・F・ドラッカーは、最も優れた広告は、見た人すべてが自分のために書かれたと感じる広告であると述べています。

●リーダーズダイジェストの挫折
さて、出版社であるリーダーズダイジェストが大きく変わったのは、1960年のレコード販売からです。定期購読者名簿を利用したこのレコード販売は大ヒットになりました。これに気をよくした同社は、英語教材やラジオ、ステレオ、リトグラフなどを立て続けに販売し、1969年には世界大地球儀をヒットさせるなど、ほとんど通信販売の会社となり、出版活動は軽視されていきました。

その後、リーダーズダイジェストの企画開発商品は、仏像、キャンプセット、スパイスセット、香炉など次から次へと生まれましたが、徐々に出版社としての文化的な側面がなくなっていきました。どこの会社が作ってもいいような商品を、売れそうだから企画するのです。しかし、それは当然のことでした。リーダーズダイジェスト社は、すでに通販のための会社だったのですから。

ただし、通販会社としては完全なプロフェッショナルではありませんでした。品質管理が不徹底だったため欠陥商品が多く、度々消費者センターに苦情が持ち込まれました。
国内でソニーや松下、日立などが熾烈なラジオ開発・販売競争をしているときに、リーダーズダイジェストは香港製のラジオを売っていたのです。これでは、お客様を満足させられるわけはありません。

また、最初は喜ばれていたダイレクトメールの仕掛けも、だんだんと飽きられてきました。陳腐な景品で読者を釣って、適当な商品を売りつけるのが「リーダイ商法」と言われるようになりました。
だいたいが、ちょっとした仕掛けで、得をしたと感じる消費者を釣り上げる。それができるのが素晴らしいDM、大成功のダイレクトマーケティングと喜んでいたことが問題なのです。ダイレクトマーケティングは、もっと謙虚にお客様を大切にすべきものでした。レスター・ワンダーマンも、通販の目的は単に売ることではなく、顧客と長期に亘る親密な関係を築くことと言っているのです。

海外での通信販売促進の常套手段である豪華な懸賞や景品が、公正取引委員会の規制により、日本ではできなかったことも不運でした。
そして、前回も述べましたが、日本の郵便料金の高さは致命的でした。
当時、リーダーズダイジェスト社は年商の約3割を郵政省に納めていたといいます。1985年に支払った郵便料金は20億円で、日本で最大の郵便利用者でした。海外では大口利用者への割引制度が充実しているため、経営を圧迫する事態にはなりません。リーダーズダイジェスト社が支払った20億円も、アメリカと同率の郵便割引率があれば5億円で済んでいたそうです。

「リーダーズダイジェスト日本版」最後の編集長・塩谷紘氏の著書『「リーダイ」の死』によると、「リーダイ」崩壊の最終段階では、或るアメリカ人経営陣の介在や労働組合の問題もあったようです。
しかし、経営不安に至る読者数減少の最大の要因は、やはり顧客を満足させられなかったことでしょう。定期購読契約の初年度は半額ですが、2年目には定価になりますから、読者は価格が倍になったと感じます。こうした長く付き合っている顧客より一見さんの方が得をするという商売は、日本人の感覚には合いません。

そして、顧客が減少していったときに、日経マグロウヒル社から盗まれた読者リストを購入して使用するという事件が起きました。新規顧客ばかり狙わずに、自社の顧客へのCSをもっと考えていれば。そして顧客リストの大切さを把握し、顧客のライフスタイルを認識するように努め、新たなライフスタイルまでも提案していれば、リーダーズダイジェストの栄華はもっと続いていたのではないかと思うのです。

次回は1970年までの通信販売について見ていきます。