通信販売JAPAN history
第2章 昭和そして戦後の通信販売-1 【2月8日更新】
2010/02/08

●戦前の通販事情
明治・大正と、日本の通信販売は、成功しそうな会社が出てくると粗悪品を売る詐欺まがいの業者が現れて信用を失ってしまうという負のループの中で喘ぎ、その傾向は昭和に入っても続いていました。多くの日本人は、一人ひとりの場合には親切で正直ですが、団体として行動すると倫理を欠くことがあるようです。最近の食品偽装なども根っこは同じなのかも知れません。

ですから戦前は、三越や高島屋など信頼されている有名百貨店の外商がエリアを拡大した形態での通販の他には、昭和6年に増進会出版社、昭和12年に西本貿易、昭和14年にエヌ・ジー・シーが参入した程度でした。少し歩けば商店がある日本では、日常使用する品物を買うのに通信販売は不向き。欲しいときにすぐ手に入らないし、商品を確認できない不安もあって、通信販売は必要とされなかったのです。

また、アメリカでは、1874年にシカゴでモンゴメリ・ワードが、1886年にはシアーズ・ローバックの前身であるR.W.シアーズ時計会社が創業し、事業を拡大してきましたが、これらの会社が行ったカタログ通販は、メーカーから直接現金で仕入れることで通常価格の平均40%ダウンを実現する薄利多売方式が基本。しかし、こうした販売形態は、日本では通信・運送コストが高いためにできませんでした。
実際、日本の高額な郵便制度は、通信販売の成長を阻害する大きな要因でした。高い郵便料金はDMによる顧客獲得を採算の合わないものにし、カタログ通販を圧迫しました。そして、世界各国と比較しても異常に高い日本の電話・通信料金は、通販とともにインターネットの普及も遅らせてしまったのでした。

さて、そのアメリカでも1920年代に入ると大型のショッピングセンターなどができ、大都市以外でも低価格で商品を購入できるようになりました。そこで、シアーズやモンゴメリも百貨店事業に参入。一時的には割賦販売制度などで成長しましたが、この有店舗への過剰な意識が裏目に出て、最終的に撤退及び倒産という結果になりました。
その原因は、本当は財産として大切にすべきだった顧客情報をないがしろにし、個々の顧客に向けたライフスタイル提案を怠ったためです。自らが顧客情報という非常に大きな経営資源を持っていたことに気づかなかったのです。

●戦後の通販-リーダイがやってきた
第二次世界大戦後、社会が安定するまでは通信販売の姿はありませんでした。終戦の翌年1946年では、わずかに健康機器の「中山式産業」、痔疾患薬の「ヒサヤ大黒堂」、そして戦前から続けている「タキイ種苗」が見られるだけでした。しかしこの年、その後の日本の通信販売に大きな影響を与える「日本語版リーダーズ・ダイジェスト」が発刊されたのです。
「リーダーズ・ダイジェスト」はその名の通り、話題になりそうな書籍の内容や雑誌記事などを短くダイジェストして掲載する月刊誌でした。長く暗い時代を終え、文化に飢えていた戦後の人たちに圧倒的な支持を受けました。特に異彩を放ったのがその販売方法。当初は100%書店で売っていたものを、結局的に予約購読者を募集して、次第に直接販売に切り替えていったのです。

また、1951年(昭和26年)には、高島屋の通販が復活。1952年には日本生活協同組合連合会ができ、1953年には大丸ホームショッピングが復活しました。さらに、1954年にはムトウ、1955年には日本通信教育連盟、千趣会など、現在に続く通信販売の大手が続々産声をあげましたが、やはりその後の通信販売業界に大きな影響を与えたのは、リーダーズダイジェスト。1960年のレコード通販を皮切りに続々と目を引く商材を登場させ、斬新なダイレクトメールを駆使して売りまくったのです。

●花開くダイレクトマーケティング
アメリカでは、戦前から通信販売は一定の業績を上げていましたが、戦後に入ってクラブ会員制(頒布会方式)が導入され、一気に売上げを伸ばそうとしていました。バラの苗を中心にした花の苗を届ける頒布会やブッククラブなども好調でしたが、もっとも人気があったのがレコードの頒布会(レコードクラブ)です。
こうした通販業界の売上げ増加が、ダイレクトメールや雑誌・新聞広告の制作技術を進化させました。通信販売はご存知の通りテストを行える販売方法です。スプリットラン・テストを繰り返して、最大の効果が得られるクリエイティブやオファー(特典)を開発することができました。

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通販関連の広告代理店WRKを創業したレスター・ワンダーマン氏は、それまでセールスレター屋とかダイレクトメール屋と言われていた業界をダイレクト・マーケティング広告業として認知させる努力を展開していました。
ワンダーマン氏が開発し、効果をあげた広告制作上の事柄を列記すると以下の通り。ほとんどが現在も生きている教えです。
・ベネフィットを明確に伝えるヘッドライン
この商品を買うことで顧客が得られる喜びを的確に伝える。
・心に響くオファーを付ける
うれしい、お得と感じる特典を提供する。
・DMにはドアオープナーを入れる
何かが入っている封筒を開けずにゴミ箱に捨てる人はいない。
・単なるDMと思われない公的な雰囲気
一目で広告だとわかる体裁にしない。
・私だけのために思わせるデザイン
パーソナルな感じを出す。
「ああ、なるほど」と感じられたのではないでしょうか。今も効果的なDMの作り方として教えられていることが、この時代に生まれているのです。

さて、当初は雑誌の発行部数を効率的に決めるために始まったリーダーズダイジェストの定期購読者募集でしたが、1960年に購読者名簿を活用したレコード販売が大成功したことから、次々にこうしたアメリカの最新のダイレクトマーケティング技術を駆使したDMを作り、送り続けたのです。

次回はリーダーズダイジェトの栄光と挫折をお届けします。